国鉄烈士長野政雄の死にざま

勝谷誠彦のBlog「勝谷誠彦の××な日々」5月7日(土)の記事に、「JR職員が国鉄烈士長野政雄の死にざまを知っていればおのれと行動は違っていただろう。http://rose.zero.ad.jp/agura/Japanese/Shiokari/Shiokari16.htm。乗り合わせただけにも関わらずその身を投げて暴走列車を止めた鉄道員を。」と記されているが、全然知らなかったので上記ページに飛んで見た。
そこには塩狩峠で自分の身を以って車両の暴走を食い止め、壮烈な死を遂げた長野政雄氏を顕彰する碑文が紹介されていた。
☆☆☆ 碑 文 ☆☆☆
【明治四十二年二月二十八日夜、塩狩峠に於て、最後尾の客車、突如連結が分離、逆降暴走す、乗客全員、転覆と恐れ色を失い騒然となる。時に乗客の一人、鉄道旭川運輸事務所庶務主任、長野政雄氏、乗客を救わんとして、車軸の下に犠牲の死を遂け、全員の命を救う。その懐中より、クリスチャンたる氏の常持せし遺書発見せらる。「苦楽生死均しく感謝。余は感謝してすべてを神に捧ぐ」右はその一節なり 三十才なりき】
☆☆☆ 碑文終わり ☆☆☆
JR職員よ。故長野氏の精神を行動の範として欲しい。