湯築城歴史塾第4回「室町期河野氏と河野通生の流れ」

台風一過、漸く傘が要らない一日だった。
今日の講師は愛媛県歴史文化博物館 専門学芸員・土居聡朋氏。河野通生の名は屡見るが事蹟は殆んど判らなったので、前から非常に気になっていた。今日の講演を聞き、通生は兄の教通と表裏一体の活躍で、河野宗家を支えた人物であったことが良く判った。通生とは、秀吉を支えた秀長を思わせる。
通生と同時代に土居通三と言う人物が居た。今香川県に通三の子孫と称する一族が居る。教通・通生の時代、伊豫では争乱が絶えなかったが、それを収めるには裏で糸を引く細川氏を叩くしかないと通三は考え、通三は通生の子供を養子に迎えて土居氏の家督を継がせ、後顧の憂いを無くして自分は讃岐に潜入したと言う。これは一次史料で確かめようが無いことと思われるので、真偽の程は判らないが、通三が通生の子供を養子に選んだ気持ちは、通生の行動を知れば成る程とと判る気がする。通三は相談するにはこの人しか無いと思ったのではなかろうか。通生とは他人にそう思わせる人物だったのだろう。
伊豫の中世史がまた一歩身近なものとなった。