腰越状の「百姓」とは

源義経大辞典(http://blog.goo.ne.jp/yositune1189)の「腰越状の再検討 1」に、「被服仕土民百姓等。」と言う件の「被」の読み方を採り上げて、在来説を批判している。その論旨は筋が通っていて頷ける。
ところで、ここに書かれている「百姓」とは何か。現在では農民であるが、農民の意味になったのは江戸時代かその少し前ではなかったか。義経の時代には農民ではなく、本来の意味で用いられていたと思うが、どうだろうか。
腰越状の百姓は本来の「ひゃくせい」であったはずで、そうだとすると、「被服仕土民百姓等。」の意味が全く変わって来る。もしこの百姓が農民を示すなら、腰越状そのものが後世の偽作の可能性が出て来る。腰越状の実物が残っているのだろうか。
因みに「百姓(ひゃくせい)」とは、古代においては、もろもろの姓(かばね)を有する公民の意で、一般人民、庶民、公民の意味である。一口で言うなら people か。中国や韓国では今もこの意味で使われていると聞く。