細川・斯波・山名氏間の抗争と伊予

談話室ゆづきで細川氏と斯波氏の軋轢が話題になっている。足利政権内におけるこれら有力大名間、更には細川氏内の権力争いが、当然だが伊予にも大きな影響を及ぼしている筈。この中で特に細川氏は大きな家系で、細川氏の伊予侵攻前後だけでも、定禅、皇海、頼春、頼有、頼之等多くの名が残る。だが、その件に関しては今まで余り語られて来なかった気がする。
かって或る社会学者が言ったように、「総ては総てに関係する」のであるから、河野氏の歴史並びに伊予の中世史理解のためには、細川氏等の動きをしっかりと把握する必要がある。易しくはない。