墨俣は昔「州股」

墨俣は昔は州股だったらしい。州股なら何となく意味が判るような気がする。「州」とは「砂州」であり、「州股」とは砂州が二股状に分かれている場所ではないか。そのような場所は幾つも有りそうだが、それを地名としたからには余程の特徴があったのだろう。それがどんなものか想像するのは難しいが、濃尾平野全体が砂州みたいな土地なので、濃尾平野が形成される過程では、様々な状態の砂州があったのだろう。時代ごとに濃尾平野の状況を明らかにできないものか。