長嶋について

亜希子夫人が亡くなったことが引き金となったのか、長嶋茂雄の評価が話題になっているらしい。長嶋の価値は現役時代を知る同世代の者でないと判らないようだ。王貞治は記録の人、長嶋茂雄は記憶の人と良く言われるが、まさにその通りだろう。彼のプレイを見たことの無い今の若い人達が、数字だけを見ても、長嶋の素晴らしさが判らないのは無理も無い。同じ世代の野村克也は長嶋を良く知る一人で、長嶋は天才、王は努力の人、と評している。野村が天才と認めるのは、長嶋と広瀬の二人で、どちらも数字を見ただけでは価値は判らない。
長嶋はファンが打ってくれと願う場面、皆が注目している試合で、実に良く打った。これは数字には出てこない。例えば得点圏打率と言うものは、大量リードしている時に打った一打も、同点打や逆転打、或いは決勝打も同じ扱いである。打率も同じ。長嶋はここで打ってくれと願う場面で良く打ったので、見る方はいつも打っているように感じてしまう。注目を浴びる試合と言えば、展覧試合が一つの例であろう。天皇・皇族がご覧になった試合で、長嶋がホームランを打たなかったのは、数試合(6試合?7試合?)のうち一試合だけのはず。巨人・阪神戦で村山から打った一打は有名だが、呆れたのは米大リーグ選抜(だったと思う)が来た時のこと。長嶋は流感にやられて高熱を出し、欠場していたが、昭和天皇がお出でになる試合だけ熱を押して出場し、ホームランを打ってしまった。そして翌日からまた倒れてしまったのだから、お祭り男の面目躍如である。だがこれらは数字では判らない。
長嶋は集中力も凄かった。野村の有名なぼやき戦術も長嶋には全然通用しなかったらしい。野村がぼそぼそとつぶやくと、王は几帳面な答えが返って来るのに引き換え、長嶋はもうボールに集中していて野村のぼやきなど全然耳に入らず、全く効果が無かったと言う。今ひとつ、これも集中力のなせる業と思うが、長嶋を怒らせたら大変、滅茶苦茶打ち捲くった。日本シリーズで王が頭部にデッドボールを食らった。すると長嶋は憤然として打席に立ち、ホームランしてしまった。また長嶋は、新聞や週刊誌にあらぬゴシップを書かれた時も怒りをぶつけるかのように打ち捲くるので、他チームから余計なことを書かないでくれとマスコミにクレームが付いたと言う話も聞く。
長嶋の目も確かである。或る時浪商出身の坂崎が打撃不振で悩んでいた時、坂崎にバットを構えさせ、その前に拳骨を突き出して、ここで打って見ろとスイングさせた。すると翌日坂崎はホームランしてしまった。構えがどうの、ステップはこう、などとごちゃごちゃ言わず、ワンポイント・アドバイスで一挙に修正してしまったのだから、これも見事と言うほかは無い。
選手を見る目には自信を持っていた青田が、長嶋には負けたと述懐していたこともある。青田は実戦の場でバッテリーや打者の心理や駆け引きにも鋭い感覚を持っていた。その青田が解説していた試合、長嶋が打席に入って素振りするのを見て、青田は「長嶋はインコースを狙っているように見せているが、アウトコースを狙っていますよ」と言った。相手バッテリーはまんまと引っ掛かって外角へ投じ、綺麗にヒットされてしまった。すると青田は「ほらね」と一言。相手バッテリーはアンダーハンドの秋山投手とインサイドワークに長けた土井であった。その土井がまんまとやられてしまったのである。長嶋には金田、小山、村山、秋山などとの名勝負物語が数多く存在する。記録がどれほど良くても、名勝負物語の無ければ、それは単なる記録会で作ったものに近い。手に汗握る勝負の場面での実績なら名勝負物語として残るはずである。
守備も広岡と組んだ三遊間は鉄壁で、阪神の吉田・三宅のコンビと双璧であった。守備に関しても感心した話があるが、それはまた機会を見てのことにする。