巨人V9監督、打撃の神様、赤バットの川上哲治さん逝く

また巨星墜つ。巨人の不動の四番打者で打撃の神様赤バット川上哲治さんが亡くなった。監督時代には前人未到のV9を達成。
打撃に関しては色々と逸話が多いが、その中から三つ書き留めて置く。
第一はボールが止まって見えると言った話。王貞治は縫い目が見えると言った。いずれも極度に集中した時に生じる感覚。これは我々素人でもたまに経験することがある。目の前に大きなボールが止まっているのだから、それを打つのは至って簡単。だがこの感覚は川上の言葉が印象に残っていたので、あ、こにことかと気がついたが、聞いていなかったら意識することは無かったと思う。これの反対は小さなボールがさっと走って行くように見える時で、こういう時は絶対に打てない。昔の剣豪と言われた人は、相手が振る剣がゆっくりに見えたと聞くが、同じ現象であろう。
第二は川上の打球は弾丸ライナーであって、高いフライでは無かった。戦前川上がまだ20才前後の時、レフト前ヒットをその当たりが余りにも強烈で、左翼手が捕れずに弾いてしまった話が残っている。戦後では東西対抗戦(注)で、二塁に青バットの大下が居た時のこと、川上が打ったライナーが二塁手の前でクーンと伸びて頭上を越したので、大下はライト前ヒットと判断して全速で三塁を廻り、ホームに滑り込んだ。するとチームメイトが皆ホームランだよとゲラゲラ笑っている。大下はライト前ヒットと思って全力で走ったのにと訳が判らず尋ねると、二塁手の頭を越した打球は捕球しようと走って来た右翼主の前でもう一度伸びて、ライトスタンドに下から突き刺さるような感じで飛び込んだと言う。当時川上の二段に伸びたホームランと有名になった一打である。恐らく川上としても生涯を通じて最高の一打だったのでは無かろうか。
第三はフォークボールの元祖杉下との戦いだ。杉下がフォークボールを駆使して強打者連をなぎ倒した年、川上にもシーズンを通して一本のヒットも許さず、中日を初優勝(だったと思う)に導いた。その年の話だが、川上は杉下のフォークボールを空振りした時キャッチャーに「あんな球捕れるのかい」と叫んだ。川上にはキャッチャーが捕れる球なら打てると言う信念があったらしい。この年は杉下に完封されたがその翌年、今度は杉下のフォークボールを打ち込み、ホームランも何本か打ち、前年の雪辱を果たした。川上にはこのような名勝負物語が幾つもある。大打者の由縁であり、打撃の神様と呼ばれるのも当然と言う気がする。
一時代を築いた人がまた一人去り、淋しい限りである。慎んでご冥福を祈る。
 
(注)当時は1リーグ8チームだったので、これを東西4チームずつに分け、対抗戦を行った。これを東西対抗戦と呼ぶ。2リーグ制に移行した後、両リーグの選抜メンバー同士の対抗戦、即ちオールスター戦となった。