船長釈放が目算違いとは素人の言い分

読売新聞は、「釈放─収拾のはずが…交渉カード失い目算狂う」と題して、

沖縄・尖閣諸島沖の日本領海内で起きた中国漁船衝突事件で、中国は「謝罪と賠償」を要求し、船長の釈放により、日中関係悪化が収拾に向かうと期待した菅政権は目算が狂った格好だ。
中国の強硬姿勢はやむ気配がなく、日中対立は長引く恐れが出ている。

「日本側の方が(中国より)少し大人の対応をした。抜き差しならない関係になるのはいいことではない」
片山総務相は25日、東京都内で記者団に対し、公務執行妨害容疑で逮捕した船長釈放を評価した。
だが、謝罪と賠償を求めるという中国側の予想外の要求に、政府の受けた衝撃は大きかった。
政府筋は25日、「尖閣諸島は日本の領土だ。日本の法律にのっとったことなのに、謝罪要求とはどういうことなのか」とうめいた。
というのも、中国人船長の釈放を決めた24日、首相官邸内には、日中の関係改善に直ちにつながるという楽観論が広がったからだ。中国側の強硬姿勢は、「菅外交」の見通しの甘さを露呈する形となった。

と報じている。この報道には菅政権はど素人集団かとがっくりさせられた。今回の事件は中国漁船の領海侵犯事件である。海上保安庁が捕まえた漁船と、船長以外の船員を早々に釈放したのがそもそもの間違い。その上更に中国の抗議の直後に船長を処分保留として無条件で釈放してしまった。
こちらの主張や、当方が要求する条件を呑ませた上で釈放するなら判る。だが今回は何の条件も無しで、只でさえ手持ちの少ないカードを只で手放したのだから、開いた口が塞がらない。これでは相手方の主張を認めたと取られても仕方無い。
中国は日本が先方の抗議に対し何の反論もせずに船長を釈放したのだから、日本が非を認めたと解釈し、それなら謝罪し賠償せよと迫るのは当然の成り行きであり、それなりに態度も論理も一貫している。一方日本政府は何ら反論もせず、ただ相手を刺激しないようにと神経を使うだけで、なんの主張もしていない。そしてカードを全部捨ててしまった。
釈放すれば収拾できると思ったのなら、とんでもない素人。向こうは笠にかかって要求をエスカレートし、攻めて来る。こんなことは交渉ごとの常識だろう。まして中国は一寸でも隙を見せたら直ぐに付け込んで来る。船長を釈放したら謝罪と賠償を要求して来た。菅政府は拒否すると言ったが、もっと我が国の言い分を強く打ち出さねばいけない。向こうが了解侵犯し、巡視船にぶつかって来たのだから、日本こそ中国に謝罪と賠償を強く求め、我が国の主張、態度を世界に示すのが本当だろう。日本の当然の主張をしないのは亡国の道を選ぶことである。政府は遅まきながらでも言うべきことを鮮明に主張すべきである。それをしないのは、中国の2050年の極東マップの実現に手を貸すことである。