加戸前知事の思い出

加戸前知事が昨日を以って退任されたが、加戸氏は知事就任早々に湯築城跡を国史跡指定を申請し、同城址を永久に保存すると明言された。
当時我々「道後湯築城跡を守る県民の会」は、長年にわたって湯築城跡の保存と国史跡指定を訴えて来た。当時の知事であった伊賀氏は、同城跡に日本庭園を造ろうとする計画を白紙撤回すると言う、当時としては大英断を下しながら、同城跡の保存と国史跡指定については最後まで方針を明らかにせず、湯築城跡の運命は全く見通しが立たない状況で、次の知事選挙で伊賀氏が当選したらもう駄目だろうと悲観的な空気になっていた。
そんな状況が加戸氏が知事になり一気に引っくり返ってしまった。それまで「道後湯築城跡を守る県民の会」は行政に楯突く怪しからぬ団体と排斥されていたのが逆転し、湯築城跡の整備開園の式典では加戸知事から謝意が表明され、またそこで出会った県の担当者から、貴方方が言って来たことが正論でしたねとの感想が表明された。その後我が会は湯築城保存に関する貢献が認められて賞を二つ頂戴したが、その一つ愛媛新聞賞の授与式の席で加戸知事が、「湯築城跡を潰していたら愛媛県タリバンと同じと言われるところだった。助かった。」と、我が会の代表に仰ったのが印象に残る。
かくして湯築城跡は国の重要文化財として国史跡に指定され、更に日本百名城にも選ばれた。それも加戸氏が知事就任早々に湯築城跡を保存すると方針を鮮明に表明したことで、官民の空気が一変し今日がある。その引き金を引いた加戸前知事の文化財に関する見識の正しさを称えると共に、心から感謝するものである。
【参考】
湯築城跡保存運動を振り返って