名古屋高裁のねじれ判決

なんとも奇妙奇天烈な判決が出たものだ(ココ)。多くの人が指摘しているように、航空自衛隊イラクでの活動は日本国憲法9条1項に違反している」との判断は、原告敗訴の結論に直接かかわることでなく、青山邦夫裁判長の個人的見解であり、判例として何の拘束力もない。言うなら蛇足である。青山裁判官は以前にも原告敗訴としながら、傍論で判決に関係しない自論を展開しているらしい。白鴎大法科大学院土本武司院長も「裁判所は訴えたことについてのみ判断する義務がある。争点になっている訴え以外のことについて判断を下すことは、やってはいけないことだ」と批判している(ココ)。当然の批判である。いやしくも判決の中で判決に無関係の政治論議を展開し、反論できない細工をするのは、法廷を宣伝の場に使った卑劣な行為であり、司法の尊厳を傷つけるものと言わざるを得ない。
これは意図的な行為であることを抜けぬけと書いているブログがある。「杉浦ひとみの瞳」と言う弁護士のブログで、『裁判官評価のエールを!〜「空自イラク派遣は憲法9条に違反」 名古屋高裁判断』と題し、次のようなことを述べている。
憲法判断をしているが、結論に直接かかわるところでの判断ではないので、判例としての効力はない。それでも、裁判所が傍論にせよ、違憲の判断をしたことは大きな意味がある。また、この裁判の結論は原告の請求を認めなかったので、国側からの上告はできない。このように傍論で非常に重要な判断を示し、その判断が覆されないようにあえて原告を負けさせる、ともいえる。」 つまり、判例としての効力はないのは百も承知で、反論したくても出来ないように細工して、青山裁判長が自説を言いっぱなしにしたと認めている。これは裁判の場を自説の宣伝に利用した許すことの出来ない行為である。
愛媛新聞社説でこの判決を持ち上げ、『違憲判断は「結論に関係の無い傍論」と切り捨てる政府の姿勢は疑問だ。』と主張している。しかし、杉浦ひとみ弁護士が書いているように判例としての効力は無いのに、それを理解出来ないようでは、その無知さに呆れるほかは無い。
とにかく、裁判官も裁判所もこのような不届きな行為を無くすよう、姿勢を改めて欲しい。自浄努力がなされないなら、司法の荒廃を招く。