伊達公子選手が語る無の境地

クルム伊達選手が興味深いことを語った記事があった。その記事は『クルム伊達公子が全米OPで4強進出の錦織圭を「異次元に行ってしまっている」と絶賛』(2016年09月09日 19時05分 エンタメOVO)で、かって自分自身が経験した境地と、全米オープンアンディ・マレー選手を破り4強入りした錦織圭選手についての感想を語っている。一部を引用する。

クルム伊達選手は、かつて「東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント」でアランチャ・サンチェス・ビカリオ選手に勝利した際に、極限の集中状態“ゾーン”に入ったと明かし、「一度体験したのは、1試合を通してボールがスローモーションで見えて、すべてが鮮明に見えたことがありました。自分のやることなすこと全てがうまくいくし、考えることもシンプルで」と振り返った。

この試合は確か実況放送だったと思うが、テレビで観ていて今も鮮明に覚えている。第一セットは競り合いの末伊達選手が取った。第二セットに入ると伊達選手が一方的に押し捲りサンチェス選手は為す術なく敗れ去った。このセット、伊達はどんどんネットに出るのに対し、サンチェスは後退する一方で、手も足も出ない状況だった。ネットに詰めた小柄な伊達の姿は仁王様が立ちはだかるかのように見え、大柄なサンチェスが小さくすくんで見えた。この試合は伊達にとっても会心の出来だったのだろうと推測していたが、伊達の回想はその通りだったことを物語る。
極限の集中状態は我々素人でも瞬間的に経験することがある。野球ではピッチャーの投げた球が目の前に大きく止まって見えることがある。昔中学生の頃、打撃の神様川上が目の前に大きな球が止まって見えると語ったのを聞き、あれがそれだったのかと気が付いたことがある。ホームラン王の王選手は球の回転が見えると言い、イチローは投球が線として見えると言った。これらは総てバッターが極限の集中状態の時に起きることである。
卓球でも似た現象を経験する。相手の打球が空中に浮いて見えたり、打球の軌跡が残像として残り、軌跡が線として見えたり、時には棒が伸びて来るように見えたりする。そして総てに共通するのは、球がゆっくりに見えスピードを感じないことだ。このような集中状態は素人でも経験することがあるが、それは瞬間的な出来事で、なかなか長時間持続するものではない。
昔の剣豪或は剣聖と言われた人達は瞬間的にそのような状態になれる人達であり、ひょっとしたら常時そのような極限状態、それは無の境地と言うべき状態にある人達であろう。伊達選手がサンチェス戦で一試合その状態を保ったと言うのは実に凄いことと感嘆する。
伊達はマレー戦の錦織はその状態にあったと言い、錦織は異次元に行ってしまったと語ったようだが、マレー戦ではそうであったと言うのは判るが、常時その境地を保てるかどうかは今後を観なければなるまい。錦織が今より更に上のレベルに上がるには、一つは200km/hを超す超高速サーブを身に付けること。今一つはその超高速サーブが遅く見える極限の集中状態、無の境地に到達することで、この二つしか道は無いであろう。